女性ふたりの恋愛映画『美しい夏』『The Summer/あの夏』『愛はステロイド』
男性同士だけでなく女性同士の恋愛映画やドラマも制作&日本公開されることが増えてきた。うれしい。
ちょっと前の『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2019)での主人公2人とも女性、2人は親友の関係、そのうち1人はレズビアンというのですごく進んでる感じがしたものだけれど、そこからも進んだ。女2人が恋愛するのがメインに据えられるのはこんなに無かったよな。
この夏に公開された映画では3つ観た。
ネタバレがあります🐜
『美しい夏』(2023)
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日本では今年の8月に公開したイタリア映画。
結構前の時代の話。1938年のイタリアの話とのこと。1949年に発表された小説の映画化。
針子として洋裁店で働くジーニアと、画家のモデルをしているアメーリアの話。
2人は湖畔でのピクニックで出会う。タイプが違うからこそ惹かれ合っていくけども、ジーニアは男の子と付き合ったり性的な触れ合いをしたことがない女の子で、揺らぎがあり、アメーリア経由で知り合った画家の男と付き合うというかセックスする描写がある。クィア映画ながらこの点を丁寧に描くのがおもしろかった。男は最初は色気ある感じに見えるんだけど、ヤりたいだけのクソ男になっていく。男に支配、邪魔されている中での女の子たちの恋愛。ここから始まる、というところで終わる。
『The Summer/あの夏』(2023)
これも日本では今年の8月に公開。韓国のアニメ映画。
61分と短いけど短く満足感あった。面白かった。
これも原作は小説。田舎の高校に通う2人が、付き合うことになって、卒業してソウルに出て、大学生と専門学生→社会人になってすれ違って…という話。生活の実態の話だったなあ。韓国の小説のあの現実味が強くて痛い感じをアニメにしたのすごいな。
2人がソウルに出てきてからは、こりゃたしかに『海がきこえる』だなって思った。こういうアニメもっと観てえなあ。
フルCGアニメで、日本のアニメの影響も沢山あるのだろうけれど、やはり韓国だなと思った。画作りが粋というか。
BL短編アニメ『過呼吸』もそうだけど、光をすごく意識している感じ。ハレーションしまくり。遠景ほど強めにボヤかしてる。結構好きだ。ちゃんと背景の画が生き生きしてる感じがする。ちゃんと物語に沿う、ただ綺麗なだけじゃない。新海誠と似てるけど違う。
露店で買って飲みほして空になって河原?に転がってるプラスチックのジュースのコップが風で揺れて音がしてるだとか、腕時計のガラスが天井に反射するのとか、髪の毛の揺れだとかで感情を表現していてマニアックだがうまかった。
あとは、アニメだけど「萌え」の概念がない絵柄、という感じもあった。
2人の性格が全然違って、付き合ってるけどコミュニケーションがちゃんと取れてるわけではないのがめちゃくちゃリアルすぎていた。何でも話し合って解決するものでもなく、そもそも人によっては「話し合うこと」の価値は違うし、解決にはならないこともあるよなと思った。ラストもすごく良いです。
観た帰りに原作を立ち読みしてみたが、わりかし原作に忠実なようだ。別れのシーンは小説の「付き合ってたときずっと幸せだった」的なセリフがカットされていた。全然自己開示しないくせに、幸せだったっていうんだなあ。今後この子はどんなふうに生きていくのだろうか。
『愛はステロイド』(2024)
こちらも8月末に公開された映画。アメリカを舞台にした映画だが、監督はイギリス人。
ジャンルでいうとスリラー系?80年代のアメリカの田舎町を舞台にした、退廃的な感じの作風。
生まれた町のトレーニングジムで働くレズビアンのルーが、ロサンゼルスで行われるボディビルの大会に出るために町に訪れたマッチョな女ジャッキーと出会い恋に落ちる。ジャッキーはバイセクシャル。
ジャンル的にはあんま観ないのでよく分からないところだけどクィアな人物を中心に置くことで今までのジャンル映画の定石を外しているような作品ということらしい。これが男と女の話なら…とも考えにくい、そもそも女同士であることが前提の話になっていた。
ルーを演じるのはクリステン・スチュワート。クリステン・スチュワートは今が一番最高。好みすぎる。スタイリングとか最高だった。でもそんなこと考えてられるのも束の間で、どんどん話は暴力に飲まれていく。
出会った日にジャッキーにルーがステロイドを打ってあげるんだけど、それがどんどんエスカレートしていって、ジャッキーはあるときにルーの姉妹のクソDV旦那を素手でぶっ殺しちゃう。ここやばかった。ぶっ殺すというかぶっ壊す。人が残酷に死ぬ話は得意ではないのでとんでもない気持ちになったけど、転がっていく話は面白く、画と音楽の緩急にも助けられて観ていられた。
このあとルーが死体を処理してあげて証拠隠滅しようとするけど、ジャッキーはキマっちゃってるからボディビルの大会に行っちゃうしそこでも人を殴って捕まるし、、
どう終わるんだ、どう落とし前つけるんだ、とハラハラしたが、うまく終わらせてたな。
ルーは父親にされていたこと(支配)と同じことをジャッキーにしてしまうけど、ジャッキーは「強い」から同じ轍は踏まない。最後のあのシーンは私は好きだ。同じようなことをしてる映画は『シン・ウルトラマン』でしか観たこと無いかなあ…。それと比較するのもアレだけど塗り替えられて嬉しかった。女性の願いよなあと思った。こういうことをしてもいいのがフィクションだ。父親も娘がこんなに反抗するのは思わなかったんだろうな。殺さなかったのもよかった。破滅に向かう作品ではない。
毛色が違う3作だが、全てよかった。もっとこういう生ぬるくないクィア映画みせてくれや!と欲が出ている。
男と男の話だが同じくこの夏公開の『鯨が消えた入江』(2024)はちょっと生ぬるかった。
ポスターは『君の名前で僕を呼んで』オマージュぽい、冒頭からサービス意識の裸のシーンや密着シーンがあり、中盤も文脈なく事故チューのシーンがある、そしてレスリー・チャンがキーポイントである、のにもかかわらず、監督が「曖昧な関係に名前をつけたくない」とBLおよびクィア映画だとくくられることを拒否した発言があったことで話題になっていた。言っていることは理解するけどなんというか、「曖昧でいること」を舐めるなよと思う。それなら脚本はもっと緻密であれ(演技も)。敢えて名乗らない意味の最たるところは何なのか。たとえば「BLじゃなけりゃ観る」という層がこれを観ることで何がそこに生まれるのか、たとえば主人公たちのセクシャリティがはっきりする描写があったらどう影響があるのか、などと考えてみるも答えはまだ出ず。クィアベイティングの意図があるなら悲しいことだ。
ラストはめちゃくちゃ良かった。ここで何もかもチャラになる感がある。ライトな映画。
初めて文学フリマに参加した記録【制作編】
去る8月24日(日)、札幌は東札幌のコンペンセーションセンターで開催された「文学フリマ札幌10」に友人との合同サークルで初めて参加してきた。


【評論・研究|映画】のカテゴリーで参加。
出した本はこちらの2冊だ。

左の『フィルマークス星4.3以上の映画10本2人でみてみた』
こっちは友人(永い ち瀬)との合同本。フィルマークスで高評価(平均星評価4.3以上)の映画をしらみつぶしで探して好みや独断で10作品ピックアップし、イラストと2人のレビューを載せている本。
右の『商業BL漫画紹介ZINE』
これはわたしが個人で作った。好きな商業BL漫画を集めて紹介している。
こういう即売会の類への出店は初体験だったけれど、とても楽しかった。僥倖だった。お手に取ってくれた方、ありがとうございました。友人は準備期間中、いろんな文フリ体験談ブログを参考にしていた。不安な制作期間中に経験者たちのエピソードや助言になぐさめられ、助けられたこと数知れず。経験としても覚えておきたいし、わたしもこうして記録に残すことにすることにする。
この記事は本を作るまでの記録の【制作編】。本の作り方とそれぞれの作業時に思ったことなど。ただの作業日誌みたいになった。
次回の【当日編】はそれらしく、設営にあったら便利だったものとかを紹介してみる予定です。
➽目次
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1.参加することになった経緯
1年前、文字書きの友人、永い(読み:ながい)に誘われたのがきっかけ。文学フリマの存在は知っていたが、何を書けばいいかもイメージが無かったし、出たいと思っていた訳ではなかったと思う。とりあえずどんなものか見に行ってみようということで、昨年9月の文学フリマにお客として参加し、帰り道に自転車漕ぎながら「やってみたいかも…?」となって、やってみることになった。互いの共通点として「なんか映画が好き」ということがあったので、映画のレビュー本を2人で作ろうということもこの時点でなんとなく話していた。
そこから互いに仕事が忙しかったりなんだりして、この話は一度放置された。わたしは今年4月から職場に変化がある予定だったので、「新しい環境でも作れそうだったら切り出すか…」と色々と調べて準備していたら永いの方からどーする?と言ってきた。これが4月後半くらいだったはずだ。
2.合同本づくりの流れ
①内容を決める
そこから週1とか2週に1度くらい集まり進めていった。申し込みは、先着申込には出遅れたが、全サークル当選になったので大丈夫だった。
合同本について、映画の本にするにしてもどんな本にするか?ということを話し合ったが、初めての経験なので何が良いも良くない、売れる売れないの見当がつかず、結構難航した。よく2人で一緒に映画を観ていた時期があったので、その時に観た中から思い入れのあるお気に入りの作品たちを選ぶのはどうかなと思ったけど、永いは「売れる本にするなら何かわかりやすいテーマがないと」みたいなことを言っていたと思う。そんなに商業的なこと考えなくても、と思ったけど、作ってみた感想的にはこの視点も必要だったかもしれないな~と思う。
それでいろいろなアイデアを出し合う中で「フィルマークスの5つ星評価で高評価のものと、低評価のものを2冊出そう」という話にまとまった。わたしが高評価映画、永いが低評価の映画をピックアップするということになったけど、次の話し合いのときにわたしが本気を出しエクセルで候補作品を詳細にリストアップしたガチの企画書を作って提出し、永いはそれに気圧されてくれて今回は高評価本だけでいいかということになった。何かを作って完成させるにはにはどっかで本気出すタイミングが必要だな。
それからこれは無理とかこれ入れたいとか途中入れ替えもありつつ、10作品を決めた。

②どんな形の本にするか決める
印刷会社にお願いするのもやってみたくはあれど、初心者だしコピー本にしようという考えはすぐ一致した。永いが学生の時作ったことがあったので、A4サイズの中綴じ本を作ることにした。
結論これで十分だし、これ好きだ。(笑)手軽だし部数も調整できたのでよかったと思う。



こういう中綴じ本作れるホチキスだとスムーズだ

③内容構成とページ数を決める
中綴じ本は紙1枚につき裏表使って4ページ分できるので、ページ数は4の倍数にしなきゃいけない。メインのページに加えてまえがき、あとがき、目次、奥付などいろいろで調整して表紙含めた28ページにしようという段取りになった。表紙をめくると目次にしたから表紙に裏写りがすごかったので、色を付けた表紙になっている。
枠だの文字フォントだのを変えたり、色んな紙面構成を考えて印刷して比べてみたり、手描きで仮本を作ってみたりして、イメージを膨らませた。楽しくなってきた。
④原稿を書く・データにする
そして原稿に取りかかったのはおそらく6月くらい。
何度も観たことがある映画(ザファなど)はすぐ書けたが、観たことのない映画は時間がかかった。1回観ただけでは何も書けないけど、選んだ映画はどれも長くて観返すのも大変。こっちの映画の文章を書きつつ、仕事の休憩時間に映画はこっち観て、と並行して進めていった。『トワイライト・ウォリアーズ』は製作期間中に公開が終了していたので復活上映のときにもう1回観に行ったり。参考資料を本屋に探しに行ったり、NHKの香港の特集の番組をチェックしてみたり。楽しい。『七人の侍』とかこの機会がないとなんだかんだ観ない映画もあったので自分達にとってとても良い機会だったし、つくりの良い映画達だから観ることでエネルギーを得られもしたのでなんとかやれた。でも絶対もっと前から時間をかけてやるべきだったとは思う。いい映画は突っ込みどころがあまりなくて書きにくいのかもしれないし、いい映画の話をするのって難しいことなような気もした。
データはわたしが紙面のレイアウトをワードで作って、永いから原稿を受け取って貼り付けて…と少しずつ進めていった。大体終わった時点で途中からバトンタッチして、わたしが1ページごとに作っていたワードのデータをひとつにした。これは最初からひとつのワードでやるべきとのこと。後からはズレてすごく大変だったそうだ。そもそもみなさんはどんなソフトやアプリで作っているのだろうか?本になればなんでもOKだと思う。だがうまいやり方を学んでいきたいところだ。
バトンタッチ後、わたしは永いが描いたラフをもとに映画の中のワンシーン(想像のシーンの作品もいくつかある)の絵を描く作業も併せて進めていった。楽しかった。もっと早く(そしてもちろんうまく)描けるようになりたいし、参考になりそうなシーンを探して停止して確認してを繰り返しながら描く作業はきつかったけど、わりとイメージ通り描けるようになっていると思ったな。あと、お題がある中で描く絵はモチーフについて悩まなくていいのである意味で楽で、時間がかからない。わたしは絵を描く作業の中でもモチーフ決め、何をどう描くか考えるのが得意だし好きなので、今回みたいなやり方にあまり関心がなかったけど、めちゃ学びになった。ブースで本を見て、絵に言及してくれる方が多々いて嬉しかったな。絵を褒められるのが子供の時からいっとう好きだった。イラストがある本なことによって立ち止まって見てくれる方もいたような気がするので描いてよかったと思う。表紙も含めてクリップスタジオで描いた。

⑤印刷・部数
セブンイレブンで印刷した。中綴じ本はページ順に印刷するわけじゃなくて決まった印刷の順番があるのだが、セブンのネットプリントではデータを勝手に中綴じ本のページ順で印刷してくれる機能があるので便利。1枚40円(モノクロ20円×両面)で、28ページだと紙7枚分なので、セブンプリントなら原価280円である。
部数はなんとなくで数十部刷った。2人でやるとここらへん相談できるのがよかった。
⑥製本
すべて終わったのは前日夜だった。
机を2つ並べ、永いが印刷した紙を順番に重ねて、わたしがそれを折ってホチキスで止めていく流れ作業。すごい楽しかった。本を作る過程全部好きかも。
百均で買った手貼りラミネートフィルムみたいなものを表紙に貼って、スペースに置いて自由に見てもらう用の「見本誌」も作った。
3.個人でつくった本「商業BL漫画紹介ZINE」
個人でも本を作った。ずっと読んでいる「商業BL漫画」を紹介するZINEである。
自分が胸張って言えることは商業BL漫画を人よりたくさん読んでいるということくらいだという思いがつねづねあったので、それをこの機会で形にすることができた。

こちらはA5サイズ。表紙だけ違う色にしようというのが最初にイメージとしてあって、大丸セントラルに見に行って決めた。仰々しい感じにはしたくなかったので、ただの色の着いたコピー用紙みたいなのにした。
なんとなく「ふだんBLを読まない人にも商業BL漫画を読んでもらうなら?」というテーマで考えて、30作品くらいピックアップした。映画10本に対してバカみたいな数字!ていうか、どっちもレビュー本にすんな。自分で決めたのだが途中から気が遠くなった。でも選ぶのは楽しすぎてめちゃくちゃ時間をかけてしまった。かこつけていろいろ買ったし。

まず書けそうな作品からブログに載せていって、それを続けていけば本に出来るかなと『夜はともだち』と『最終電車の恋人たち』の記事を書いてみた。しかし、ブログだと文字制限がなくて、セリフ引用とかしてだらだらと書いてしまうとすぐ分かった。このZINEはあくまで雑誌みたいなイメージの紹介本で、長くても1作品1ページと考えていたので、ブログの記事の文章をなぜか短く書き直す(加筆ならまだしも)というよく分からないことになったため、ブログに載せるのは一旦やめて本を作ることに集中した(いずれまたやれたらいいなと思うけどどうしようか…)。
映画本の製本を終えた後に仕上げに取り掛かり、朝までかかってなんとかすべての記事が完成。いつぶりかわからない、正直たぶん卒論のときもこんなにちゃんとしたことない完璧な徹夜、完徹をしてしまった。その後1週間ずっと眠かった(無茶はもっと若いうちにしろよな!もっとも、今より若いときはひたすらダルく、寝たかったんだけど)。
そんなタイムスケジュールになったので、印刷に取る時間がなく、手間取ってうまく印刷できなかったり解像度が低かったりしているのが悔やまれる。完成したのはフォローしてくれた永いのおかげだ。
巻末付録(ジャンル別作品おすすめ、婚姻の平等実現について出来るアクションの紹介、クィア映画紹介とか)や、間にもコラム的なもの(BL雑誌やスピンオフ文化についてとか)もつけて、もっとそれっぽくしたかったのだが4そんな余裕はもちろんなかった。あとがきすら書けず、ページ数すらつけられていない。たいへん申し訳ない気持ちだし、ちゃんと確認もできていないので誤った情報や言葉の使い方もあるかと思う。つぎの機会には加筆修正して、挿絵も描いて、ver.2.0を出そうかな…
そんな本だがピンチをくぐり抜けてなんとか形になり、いろいろな方にお手に取っていただけたので、本当に間に合えてよかったと思った。この場でもありがとうございます。趣味が合ったかは分からないが、(もしかしたら勇気を持って)買いに来てくれて、ありがとうございますという気持ちが止まらない。そして『PERFECT FIT』での障がい者の描き方の話をできたとき、作ってよかったという気持ちが溢れた!
そりゃ、BLを読む人はたくさんいるのだろうが、わたしはいつもひとりで読んでいてたので、ことさら有り難い経験になった。
今回紹介する漫画を(『あちこちあれこれ』とか、あらためて通しで)読み直していて、ほんといい漫画だな~と思うことが多々あった。好きな漫画が面白かった、ピース!というか。面白いから好きなんだけど、やはり紹介すべき作品がという目で精査してみても好きだ。みたいな確認作業がいい時間だった。「『精読』は楽しい」と知る時間を持てた気がして、これは思わぬ財産になった。これからも読み続けたいし、他のジャンルの漫画ももっと読むべきだし。自分のことながら、ZINEを作るくらい商業BL漫画に影響を受けているのが真帆一緒なんだな、とようやく理解した感じもある。
しかしこれは映画本と同じだが、いい作品について語ることは簡単じゃないなと思う。いいと思って、「いい!!」と叫ぶだけでは、自分の気分は最高だが、文章にするにはつまらない。それを人様が読みたくなるように、見たくなるように書くって簡単じゃないな、才だなと思った。
4.本を作ってみて~みんなZINE作ろ〜~
他にもいろいろ書こうとしていた気がするが、忘れていく一方なのでこのへんにしておく。
文学フリマに出るために本を作ってみて、1から10まで自分で決めてやれるってところがすごく好きだなと思った。編集者 デザイナー 作者 校閲者 製本オペレーター…と全部やる感じ。決めることだらけだが、なんでもやりたがりの自分には向いていた。イメージを形にできた時の目から脳みそへの興奮の伝播のやばいこと。
合同本を作ったことも良い体験になった。ひとりでは作れないものになるし、達成感を共有できたのも良かった。途中バチゲンカもしたけど文フリの翌日、売上金を確かめて分配したあとに完成した本を改めてちゃんと読みながら2人で「なかなかいい本が出来た」と自画自賛しあったのだった。熱量がある本にはなったねと。
べつの友人が当日に何もかもを買って行ってくれたのだが、翌日に「私より前に母が速攻全部読んだ」との連絡があった。ありがたすぎる。感想はすごく嬉しいというのも作ってみて超絶実感した事だ。(「国宝」を2人で観に行くことにしたとのこと!感想を聞くのが楽しみだ。)
また出る機会があるとしたら、印刷に凝るよりはまた数百円のコピー本の範囲で工夫して、今回のよりよいものを作りたいと思った。次はもう少し余裕を持って…いろいろ後悔も反省もあるが、やってみて得た後悔は意義があるなと思う。
今後もしどこかで見かけた際はよろしくお願いいたします。
文章を書く人、本を作ることに興味がある人は気軽に作るべきだなと思ったな。Xで何かしら熱くつぶやいてる人はみんな作ってほしい。ポストだけでなく、本でも人の文章を読みたいよなと思った。
【当日編】につづく
夜空に思いを馳せて(『星つなぎのエリオ』感想)
結構前から楽しみにしていたピクサーの最新作。
日本語吹き替えで鑑賞。沢城みゆきさんの声はいいな。
予告映像の印象以上にいい映画だった!
(わりと作品の内容に触れている感想です。)
エリオは大好きな両親を亡くしおばのオルガと暮らしている少年で、塞ぎ込んでいる。
空軍(宇宙関係の仕事をしてる)であるオルガの職場内のレストランみたいなところのボックス席でオルガが「何食べる?」って話しかけているんだけど、その正面には誰も座っていなくて、カメラが下に移動して、テーブルの下に体操座りして小さくなってるエリオがいる。
というファーストシークエンスからばっちし。キャラクターを完璧に説明していた。
オルガと同僚が自分せいで仕事に支障が出ている話とかをしている(本人の聞こえるところですんな( т т ))のが聞いていられず、レストランから抜け出したエリオは、宇宙についての展示場みたいなところでボイジャー、ゴールデンレコードの存在を知って「宇宙には自分の居場所があるかも」と虜になっていく。こういう教科書で見たものがモチーフになるのってロマンを感じる!
それから友達も作らないで学校をサボって無線機で宇宙との交信をするようになったエリオをオルガは完全に持て余し、疲弊している。エリオはもちろんそれを察している。
この2人のやりとりがとても自然で良かった。
オルガが「元気すぎる子供の育て方」みたいな(記憶曖昧で申し訳ない)本を取り出して色んな感情の顔のイラストのページを見せて「今どういう気持ち!?」ってエリオに聞くシーンとかもうまい表現だと思った。(エリオは「おばさんは今これだね」と😰こんな顔の絵を指さしてた笑)
過度に子供っぽすぎず、大人も完璧じゃなく。さすがピクサーという感じがした。
若い時に誰もが思ったりするだろう「誰かここから連れ出してくれないかな」という願いがまじで叶う映画なのが熱い。
ボイジャーを発見しゴールデンレコードを読み取った宇宙人が地球人との接触をはかってきて、エリオが代表に選ばれ「コミュニバース」という宇宙にあるあらゆる星の生物たちの総本部みたいなところに招待される展開になるのだ。
色々あって一度地球に帰されるのだが、その時の地球からの星空の寂しさったら無かった。ばあちゃんち行った時とか、田舎で星が見えすぎて綺麗すぎる夜空見上げたらこんな気持ちになることあったかもと思った。
その後また宇宙に戻るための展開も良かった。偽エリオ(本物の代わりに地球で過ごしていくれてたコピーのエリオ)のあっけらかんとしたキャラクターや活躍も良かった。有名な映画のオマージュもあって笑えた笑
予告映像ではピンと来なかったけど、どの宇宙生物たちも可愛さと斬新さがあるキャラクターデザインでよかった!宇宙でできたエリオの友達グロードンもとても可愛くて好きになった。2人でコミュ二バースを遊んで回るダイジェストのシーンであまりにとうとくて泣いた。笑
グロードンには地球人でいうところの目がないからアニメーションとして感情表現が難しいのではないかと思うのだけど、動きの演技や声優さんの演技も良く、途中まで目がないことに気づかなかった。その分口が大きくてよく笑っていたかも。
デザインもだけど、どのキャラも全体的に仕草とか表情があまり見たことないな!という描写が結構あった。欧米っぽい身振り手振りじゃない感じ。既視感がない感じ。見てて楽しい動きが多くて結構声出して笑って見てた。(偽エリオの髪の毛が生きてる躍動感とか笑 寄生獣やん)
エリオもグロードンも家族と上手く行って無い部分があるけれど、最終的にはちょっと保護者たちが改心して上手く行って「家族はいいものだ」的な着地にはなるのには、そう上手くはいかないよな〜とは思うけど(エリオをいじめてしまった子とかも調子いいよな、まあ、すぐ謝れる奴だったからいいか)
子供を舐めずに作られた子供映画だった!孤独の話を最初も最後もしているし。あの声優さんは誰なのかな。やけに落ち着いている声で印象的だった。
見ていてもちょっと感じたし、書いていて更に感じているけど、結構、少し前の?劇場版ドラえもんみがあるかも。
色んな便利グッズが出てきて物語のキーになるし(偽エリオや、体に貼ると言葉を自動通訳してくれるワッペンとか
)異世界に連れて行かれて、最後は冒険で出来た仲間を助けて、もといた場所に帰る感じとかも。
この映画を幼い時に観られてたらときめいてヤバかったかもしれないな。
まだまだ世界が大きく見えていて、サンタも信じていて、
お風呂に入っている時とかに際限なく「どんくらいでかいのかな」とか漠然と宇宙に思いを馳せているようなガキの時に観てみたかった。
そしてエンドロールの最後にはBUMP OF CHICKENの「リボン」が流れる。
縦字幕で歌詞もついててよかった。
「ポケットに恐怖が宇宙とおんなじくらい」という歌詞、この映画を観た後にイメージする「宇宙」だとかなりでかいなあ、と思った。
この曲のがこの映画にすごく合っているかというと、わたしはBUMPのファン過ぎて、この曲はこのバンドの奇跡と軌跡についてを歌ったものというイメージが強く、客観視出来てない部分もあるのであてにならないけど、そんなに合ってるわけでもないと思う。
でも映画自体のメッセージ性はかなりバンプと通底してるなと思う。ボイジャーとかはもう曲名であるくらいだし。
エリオの「僕をここから連れ出して」という思いには「どれだけ待ったって誰も迎えに来ないじゃない」と歌う『望遠のマーチ』を思い出したり。BUMPは誰かが都合よく迎えにくるファンタジーを歌わないけど、この映画はファンタジー、SFを通して、リアルを「頑張る」とまでは行かずとも「やれるだけやってみる」という気持ちにさせてくれる点では同じかも。おばさんの「そばにいることを選ん」だエリオはもう「迷子じゃない」ね!立派だったな。
ルックアップ(映画『スーパーマン』感想)
よく聴いていたラジオ『アフター6ジャンクション』の影響か、ずいぶん前からフィルマークスでマークしていた。最近は昔の映画を観てばかりで最新の作品に触れたくなっていたし、なんとなく今自分が観たいものな気がしたし、公開日が休みの日だったし、映画を初日に観に行くのが好きなので、とりあえず観に行ってみた。
ジェームズ・ガンの映画は初だった。ガーディアンオブギャラクシーはなんとなくノレず1の途中でやめたんだったか。
おもしろかった!かなりもっかい観たい。マイナスポイントもありつつ、プラスが多いような映画だった。
オープニングがうまかった。まず負けたところからっていう。敵にブッ飛ばされて南極の雪に埋まるスーパーマン。ここは予告でも観てて、シリアスで静かな感じだし、これは面白いのか?どーなんだろう?と思ってたけど、こっからの展開がめっちゃテキパキしてた。基地ががすぐそこだったのも早!てなった(たまたま近くに飛ばされた?)し、ちょっと回復して、よし行くか!つってすぐ戦いに戻ったことでかなり臨場感あった。途中から始まるの好きだー。(笑)人生を感じる。(笑)
これが成り立つのは説明が周到だからで、そこらへんも混乱なくすごいんだけど、どんどんキャラクター出てきて対立関係やいろんな国名も出てきてで、事前情報を持っていかなかったためにかなりついてくのに必死になった。(笑)それがなんか脳みそ使ってる感じで楽しかったような気がする。仕事してるときに使う脳というか。必要最低限にそぎ落としてたものを受け取り解いていく楽しさ。
スーパーマンはクラーク・ケントっていう名前で普段は新聞会社に務めてて、そこの同僚のロイスと3ヶ月前からいい感じになっている。家の鍵も持ってるらしい。ロイスが帰宅すると物音がして、おそるおそる部屋をのぞくとクラークがご飯作って待ってる。ここらへんも説明うまかった。オフィスで会話してるのを見せたあとだったのも効いているな。あ、これからこの人といい感じになるのかな?と思わせて、もういい感じなんだー!ってなるという。馴れ初めとかオリジンって、端折っても問題って実はそんなにないんだよな。最近のトレンドな感じもしますな。リブート作品だからできる面もあるのだろうけれど、スーパーマン映画も初である無知の私が見ても問題なかった。
この2人が好きだったな。スーパーマンってもともとからラブコメの要素もあるらしくて、今回の2人も展開に引きがあってよかった。ラブコメ好きには見逃せない映画であった。ご飯作ってくれてたーてなったあとキッチンでめっちゃチューしてるんだけど(ここのイチャつきの演技というか雰囲気に説得力があるから2人が付き合ってることもすぐ納得できるのかな)、そのあと喧嘩するのよな。この会話のラリーもなんかリアルでかなり好きだった。オーディションではここやったらしい。作品の肝だったね。
チューしまくりだったことによって喧嘩も映えるんだな。意味なくいちゃついてたわけではなかった。こういう細かいうまさも大事だ。
そのあとスーパーマンが侵略のために地球にきた裏切り者だったって世間がなってから、今度はクラークの家にロイスが待ってたってのもよかった。うま。スーパーマン批判しているテレビをロイスが消すという気づかせ方もうまい。そこからの仲直り(すぐ謝れるクラーク!!)シーンもかなりロマンチック。ライティングをマンションの窓越しのカラフルな地球外生命体にしてたのもめっちゃ好きなセンスだったな。「退治しなくていいの?」「害のない生物だから他の人に任せる」みたいな会話して。2人の輪郭がいろんな色に光ってカラフルできれいだった。ここでクラークがロイスに「愛してる」って言って、捕らえられてしまった犬のために出頭する。ここではロイスからハグをする。
そこからロイスはスーパーマンを助けるために行動する。直接的に何か無茶をするわけではなく、仲間達に助けを求めてなんとかするのもよかった。最後はジャーナリストとして記事を書くことで助けるわけだから何もしてない感じはなかった。スーパーマンも最後は仲間に助けてもらいながら戦争を止めた。ほいでラストのラストは人目のつかないところでスーパーマンの格好のまま、キスシーンがまたくる。ここでロイスも「自分も愛している」と返す。ゆっくりと浮いていくのも納得感あった(笑)宙にも浮かぶ気分なんだなというような。
話としてはスーパーマンって勝手に戦争止めてるけど、いいの?違反行為とかもあるんじゃない?いい顔して油断させて最後は地球を侵略するつもりとかも言われてるよ、みたいな意見がSNSで活発になってきてて、それにどう対応するか?というもの。かなり現代の、今の日本にもタイムリーな話題。自分以外のこと、戦争やらに無関心なところだったりのいまの人々の雰囲気もそのまま映画に乗っかってた。ロイスともこの論点で喧嘩になる。戦争に介入するならちゃんと手続きを踏むべきとか言うんだけど、スーパーマンはその間に人が死ぬとこだったと答える。まっすぐ。
このまっすぐさが行動にも現れていたのも良かった。必ず一般人を死なせない。あと動物も。マリは死んでしまったけど、、
なんか観たいものだったなという感じがした。展開のきっかけ、たとえば敵役のルーサーの彼女の自撮りが実はヒントになってたのとか、敵がスーパーマンのコピー(クローン)だったとかはわたしは新鮮味ないなあと感じたりしたんだけど、伝えたいメッセージ性がしっかりある映画で、それが今の空気に必要なものだったかんじ。いいシーンもたくさんあって。スーパーマン(クラーク)とロイスの会話及び喧嘩のシーンは全部いいし、育ての父と会話する朝の庭のベンチとか。ここなんかリアルでよかったな。最初は田舎の考えの古い人達なのかなと思ったらいい人たちだった。理想を描いて生きようと思える、パワーを貰える映画になってた。だからこんなにグッと来たのかなあ。
2回目を観てからの追記
劇中スーパーマンがイトコのスーパーガールから預かっていた犬のクリプトがとてもよかったことを書いてなかった。グッズのぬいぐるみがめちゃくちゃぬいぐるみとして可愛かった(劇中の可愛さとは違うんだけど)ので、初日観たときは我慢したのだが2日後にどうしても欲しくて買いに行った。そのついでに我慢できず2回目をIMAXで観に行った。買いたいくらいあのデザインのポスター欲しかったけどもう終わってた。初日にIMAXだった。ミスった。
2回目はマイナスポイントも浮き彫りになった。展開がはやいと思ったけど、手際が良いのは最初の説明だけで、そのあとはやや退屈なシーンもあるかもしれない。ロイスが捕らえられたスーパーマンを仲間のテリフィックと助けに行くシーンは2回目だとテリフィックもロイスも異次元の入口に立っているだけで何もしないので話が停滞する感じがしたし、なんか見応えがない割にちょっと長いかも。
そういうときに犬のクリプトが暴れて画面を賑やかしていて、クリプトがいるおかげで楽しく観られたような感じがある。クリプトは会話できるタイプの犬じゃなくて、マジの犬。スーパードッグなので(?)空を飛ぶことはできる。でも基本は犬。しかも言うこと聞かない感じの。何でも噛んじゃう。それが勝機になるんだけど、大事な所で犬すぎるし、犬がしつこいという意見もちらちら見た。まあそうかも、、、わたしは犬が大事にされる&活躍する映画は良い映画だ、というのをこの映画で理解したし、すごく好きだったけど。
あとこれはジェームズ・ガンらしさらしいんだけど、くだらない会話のやり取りとかギャグ(ジャスティス・ギャングたちのやりとりとか)はあんまわたしには面白くなかったかも。必要なくない?いらなくない?という会話も多くあった。シャッターのシーンとかも2回目に観るとすでにダルかった。笑
でもやはりおさえるところはおさてて、ロマンスのターンではチョケてなかったし、やはり2回観てもよかった。スーパーマン役のデヴィッド・コレンスウェットのお顔がいい。笑ったときの表情がめちゃくちゃいい。屈託なく幸せーという顔をしている。怒ったときもよい。目と口、表情の作り方がよかった。これってもともと持ってる顔のつくりと演技力がどれくらい影響し合うのかわからないけど、今回のスーパーマン役にぴったりきた。ロイス役のレイチェル・ブロスナハンは口論のシーンは良かったけど、立ち振る舞いはふつうかしら、、もっと見せ場が欲しかったな。
敵役ルーサーはニコラス・ホルトが演じていて、ホルトもスーパーマンのオーディションを受けたらしいのだが、最終選考で落ちて、後日ルーサーを打診されたらしい。ホルトは今回のスーパーマンではないのはわかる気がした。というかルーサー役がとても似合っていた。演技がいい人を敵役にするって大事だ。1つ間違えるとただの寒くて恥ずかしい奴になる難しい役だったと思うけど、最後にスーパーマンと対峙するシーンの顔のアップのとこ、スーパーマンへの嫉妬、憎しみ、苛立ち、なんか全部感じ取られて、うお、すげえなあと思った。
その対峙シーンでスーパーマンが作品のメッセージを口上するとこがあるのだけど、なんだか私達に向かって言ってる感じもかなりあって、ここでだいぶポイントが加算される。「人間は完璧じゃない、やらかして反省して、繰り返してよくなってく」ということを言って「いつか世界にも分かってほしい」とこっちに向かって(アングルが)言ってくる。スーパーマンが自分は人間だと言い切るのもよかった。普遍的だけど、何があっても人(生き物。リスも救ってた)を救うことを優先する、が信条であるスーパーマンがそれを言うのがよかった。まっすぐ正しくあってくれる人がいることがもう救いなわけじゃないか、いまの世の中。ロイスみたいに正義を優先できない人間にとっても。それを見せてくれるのが映画じゃないか。って感じ。葛藤しても折れないのがよかった。
犬をはじめとして動物も大切な存在として描いてたのも好き。街に避難命令が出されたときペットを連れて逃げる人々がちゃんと映されてたのとか。犬や猫だけじゃなくて亀とかもいてグッド。
とにかく見た目とかフィジカルだけじゃなくて、精神性も含めてかっこいー!といえるヒーローなのが最高。理想を持っていきたいと思う映画だった。理想を描こう。
BL漫画紹介⑵ 朱夏のラブストーリー〜ダヨオ『最終電車の恋人たち』
少し前にXで「学生の頃、『青春が終わったら次は朱夏が始まる』、と教えてくれた先生がいた」という内容のポストが話題になっていた。
今回はまさに青い時期をとっくに(そして何も起こらず)終えてしまった男の、でも青春に負けずにキラキラに輝く「朱夏ラブストーリー」をご紹介する。
ダヨオ『最終電車の恋人たち』
(2024年、リブレ)
商業BL漫画の最新最高傑作
2024年に刊行され、その年のマンガ大賞にBL作品で唯一ノミネートされている。現時点の商業ボーイズラブ漫画の最高傑作だと思う。
あらすじ
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42歳、ゲイ。恋人いない歴=年齢の春江は、自社で開発したマッチングアプリで怪しげなイケメン・藤嶋とマッチしてしまう。藤嶋はイケメンで優しくてスマートでまさに完璧なモテ男。ますます怪しい…と思っていたが、話してみたら等身大の春江のことを認めてくれて、失いかけていたときめきを覚える春江。初対面なのに会話とお酒が進んでしまい、気づいたら終電を逃し二人でホテルに…!? ダヨオが贈る、アラフォーカップルの不器用だけど愛しい純愛物語。
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(公式の作品紹介より抜粋)
自分がゲイであることを隠しながら生きていた42歳会社員の春江が、トレンディドラマみたいに運命的に、夜の街でイケメンで同い年の藤嶋と出会い、生まれて初めての恋をする。ただ、トレンディドラマと違うのは、ライバルの登場や同性愛者への直接的な差別描写、もどかしいすれ違いなどはないこと(性的なシーンもない。キスシーンくらい)。そんなもんがなくても、ラブストーリーは語ることができます!
ヒットしてるラブソングに共感できない人たちへ
テレビつけたら流れてるラブソングにも
もうずっと共感できなくて
火曜夜の恋愛ドラマだって
チャンネルを変えてしまっていたあの頃
(1話、単行本14p)
引用したのは1話冒頭のモノローグ。ここでがっちり心を掴まれた。
残業でヘトヘトになった春江が朝方帰宅し同棲している恋人に迎えられ、一緒に眠りにつくときに、2人のこれまでを回想するところから物語が始まる。恋の成就が分かっているシーンから始まるのもおそらく「男同士の恋愛です。そして絶対ハッピーエンドです」という意思表示で、意図的なものだと思う。
おじさんの初めての恋愛を茶化さず、かつ、痛みを切実に描いていて、大人の純愛の甘酸っぱさがそわそわとくすぐったかったり、やけに共感できたりして、何度読んでも身に染みる。
中年の春江は初めての恋愛にジタバタする。ネクタイを結んでもらうだけでドキドキして、やたら疲れたり。初めて会った日にホテルに行くけど、恋愛的なかけひきややりとりがわからずシャワーに逃げ込み、自分の中に空っぽの引き出しがあることを実感させられたりする。
だが、自分が良い方向へ変わっていく喜びも味わう。
藤嶋への思いを自覚したあとに、働いてばっかでなんのケアもしてない自分と比べて思うことが、「あーなんかきれいになりたい」だったり。
そのあと「よく目にはするが人生で初めて浮かんだ言葉だ」と思う春江。全部のセリフとモノローグがまっすぐむきだしだ。
春江のまっすぐさは、思春期を超え社会で揉まれて生きてきた大人の含蓄によるものかなと思う。一方でそのまっすぐさが歳を重ねても保つことのできる純粋さ。藤嶋もそこにグッとくるわけだけど、この人もだいぶ気障なことを恥ずかし気もなく言う。初心な春江をからかったりしないで「俺からすれば春江さんが春江さんらしくしてるとそれだけで素敵なんだろうと思う」とか言う。光と光のカップルだ。
少女漫画は昔からそうだが、その系譜から生まれたBL漫画にも、愛情と見せかけた支配であったり、片方の人間が相手の好意を人質にとって自分の好きなように扱う「なめ、なめられ」の関係描写が多い。そうではなく、対等な関係を築く作品があることが、必要だし、あるとこんなにうれしいんだなとこの漫画に思わせてもらった。
ありのままの自分でいることがこの社会への抵抗
ここは悲しいことに同性婚が法的に認められない日本だから
でも俺はたしかにいるんだよバーカって
全身で叫びながら生きてる
(1話、単行本27-28p)
引用したのは初めて2人が出会った日、藤嶋が春江に言うセリフ。その言葉に藤江は笑顔で「そうだよなあ!」と共鳴し、お互いに好感を持つのだ。
こんなふうに同性婚について言及するBL漫画は正直珍しい。わたしは今まであんまり、というかほぼ読んだことが無い。「男同士は結婚できないからさ」的なセリフはまあまあ見るが、物語展開上のネガティブな要素として消費されてしまうことが多い。だが、2人でデモに行ってうまいもん食べようなんて話してこの漫画は終わっていくのだ。めちゃくちゃ頼もしい。
『最終電車の恋人たち』は、ピュアでロマンチックなラブコメでありながら、現代社会にある同性愛者への差別構造に明確にNOを叫ぶ鮮やかなボーイズラブ漫画である。
次回はくれの又秋先生の『メイジー・ラブを綴って』をご紹介予定です。
BL漫画紹介(1)心地よく突き放されるラスト~井戸ぎほう『夜はともだち』
小さい時から眠るのが苦手である。
小学生のころすでに、眠れな過ぎて布団を蹴散らして癇癪を起こしていた。その時の「もう一生眠れないかも…」という恐ろしい気持ちは今でも鮮明だ。
そんな夜は寝よう、寝よう…としても時計の針がうるさいだけで、たいてい真夜中0時を回ってしまう。昔はあ〜あ、日付が変わっちゃった…って絶望していたような気もするけど、最近は0時を回ると「やった〜」と思うようになった。
電子書籍のサイトで新刊漫画が発売されるのだ!
本屋さんが開くのを待たなくていい。クソ良い時代だ。
おかげでおとなになってからは寝れなくてもあんまりへこまなくなった。
おまけに最新の商業BL漫画にめちゃくちゃ詳しい人間になっていた。
わたしが商業BL漫画を読む理由
最近は老化と疲労でしっかり寝てる日も多くて追いつかなくなっている(いいのか悪いのか…)が、一時期は日付が変わるとRentaを開いて新刊の「ボーイズラブ」カテゴリーをくまなくチェックするのが日課だった。
BL漫画である理由は3つある。
① だいたい1冊で完結
BL漫画は、全1巻の作品がほとんどである。これがまずめっちゃデカい。サクッと読みやすいし、購入のハードルがグッと低くなる。
人気があれば続編が決まるが、続いたとしても話は1冊ごとでまとまっているものが多い。
② 安心感
BL漫画は学園ラブコメやオフィスラブはもちろん、ゾンビもの、中国歴史ものなど、色んな漫画がある。だが土台は少女漫画である。
どれほど話が壮大になっても、複雑になっても、救いの無い暗いものでも、男たちの恋愛がベースにある。「はいはい、要はお互いが好きってことね」と安心して読める。(かならずしも成就しないし、恋愛と言いきれないものもあるが)
社会に生きるストレスや重労働の疲労などでぼーっとした夜更けの頭にもスっと効いてくれるエンタメでなのである。
『花束みたいな恋をした』の麦くんでいうパズドラがわたしにとってはBL漫画ってことだ。
③照れずに買える
そしてやはり、商業BL漫画は肌色の多い表紙がまあまああるので、電子書籍で買う方がソワソワしない。
私は漫画をよく読む。
その中でも少女漫画は小さい時からイトコのお下がりや友達との貸借りでめちゃくちゃ読んでいた。今もレディースコミック(大人向け少女漫画)とかティーンズラブ漫画(異性愛者同士のちょっとエッチなやつ)も含め読むけど、男女じゃない恋愛、生まれついた性別に関係しない人間関係も好きだから、BLも読む。商業BL漫画はそこらへんの描写に信頼できる作家さんがいるところも、読みたくなるポイントだ。
商業BL漫画紹介記事をはじめます
人より自信を持てることなんか、BL漫画を読んだ数くらいかもしれないと思っていた。
なので、誘われて文学フリマに参加することになったとき、1番最初に思い浮かんだのは「おもろいBL漫画を紹介する本を作る」というものだった。
ながーい夜を活用して、好きなBLを読み直して、好きなように紹介していきます。
まず紹介したいのは、まさに
寝つきの悪い夜に読むべきBL漫画1位ともいえる、こちらの作品。
井戸ぎほう『夜はともだち』
(2014年、ふゅーじょんぷろだくと)
あらすじ
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大学生の真澄は、高校の同級生でもあった飛田くんが構内で年上の男と言い争いをしているのを見かける。仲裁をして話を聞いてみると、2人はいわゆるご主人様と下僕で、SMプレイをする関係であったという。いつもつまらなさそうな顔をしている飛田くんの思いがけない顔を知り、興味本位で自分から飛田くんの新しいご主人様を名乗り出る真澄だが…
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『夜はともだち』は私が商業ボーイズラブ漫画を読むのにハマったきっかけの作品だ。
あらすじのとおり、題材としてはSMモノなのだが、雰囲気としてはミニシアター系みたい。「なんかセンスあるな」という印象が強い。性的な描写が苦手でなければ、SM的なモノが好きでも嫌いでもそんなに関係なく読めると思う。
天才・井戸ぎほう先生
作者の井戸ぎほう先生はBL漫画家としてすごく稀有、明らかに特別な存在である。絵柄も、どこの系統にも属さないような個性があるし、漫画自体にもオリジナルな雰囲気があり、読むたびに「自分にしか描けない漫画を描ける人」だなあと思うからだ。オマージュ元とか、影響を受けているものがわかんない感じがする。
連なることばの不思議な心地よさ
この物語は序盤から真澄のモノローグで進んでいく。無口で考えていることがよく分からない同級生の飛田くんのことを、真澄は朗らかな顔をしつつも、そーっと伺うようにSMプレイに及んでいく。そのときの心情がモノローグで全部垂れ流しになってる。これがデスノートとかコナンのセリフくらい長い。でもなんか良いのだ。デスノートとかコナンみたく読み飛ばしたくならない。
飛田くんが俺の名前を呼んだら
それが終わりの合図っていう決まりごと
俺が守らなきゃいけないのはそれだけ
あとは何してもいいって
すごく簡単な約束
だから
飛田くんが俺の名前を呼ぶ時は 決まって いつもの
あの宇宙のひとみたいな 暗くてつめたい醒めた
心底全部に飽きたみたいな あの目をしているので
それだけはちょっとつまらないなと
後になって思った
(1話ラストのモノローグより引用、単行本30p-32p)
こんな感じで、「だから」とか「ので」とか、ありとあらゆる接続詞を使ってどんどん文を連ねてくスタイル。
脈絡があり過ぎず、でも意味がわからなくなり過ぎず、読んでいてなんだか気持ちいい。このモノローグの反復が漫画全体に独自のリズムを作っている。
改行の区切りもヘンで良いので、漫画で見てみてほしい。小学校か中学校で習った自由律の詩みたいだ。
全6話のうち、1〜4話はこういうひとりよがりな雰囲気のモノローグでラストがしめくくられている。
痛いことがただ好きなだけ
こんな不思議な言葉遣いに魅せられてあまり気がいかなかったのだが、改めて読み返してみると性的な描写もけっこう多いので、苦手な方はご注意ください。ただ、からだを縛ってみたり、キツイ言葉を無理になげかけたりしてS役を演じる真澄が少しずつ惑い疲弊していく描写としてちゃんとある感じがある。
真澄は普通にセックスしたいしデートしたいけど、飛田くんは被虐性性欲者でSMプレイにしか興味が無さそう。真澄のことを好きじゃないってわけではないけど、それをわかりやすく言葉にはしない。
登場人物はほとんど2人だけだし、2人の関係にフォーカスしたウェルメイドなラブストーリーでもある。
真澄がうまく立ち回れなくなって、ついに2人の偽の主従関係が壊れたとき、飛田くんがこんなことを言う。
俺がこういうことをする理由が聞きたいのか?
なんて言えば満足なんだ
親父がアタマおかしかったとか
ガキの頃虐待されたとか
愛してもらえなかったとか
人の過去ほじくり返して
抑圧だの 自己嫌悪だ自罰だって
あつらえられた理屈の中から 適当に選んで
そういうのがあったらなんなの?
…そんなのないけど
……この歳まで食わせてもらって
大学まで行かせてもらってるんだから
(5話より引用、単行本151p-152p)
初めて読んだ時、このシーンが1番気に入った。
飛田くんがドMであることについて、可哀想な過去があるからイカれてしまった、という方に持っていかない。性癖を「闇」とかにしない。
漫画に限らず創作物というのは、キャラ付けだけのために「過去に何かネガティブなことがあった」というストーリー展開をすることがすごい多いと思う。わたしも大多数の人と同じように、その展開にめちゃくちゃ飽きてる。
このシーンは、人は過去で語られないという強い意志を感じたのだ。そんな誠実な作品は当時の自分にはちょっと珍しかった。
夜はともだち
こんなふうに、真澄のモノローグだらけだったページが、こうやって飛田くんがだんだん喋るシーンも増えていく。最終話のラストはモノローグが消え去り、2人の対話のシーンで閉じる。この対比もクソいい。
最後のページの飛田くんのセリフがまた、不思議でうつくしい。
突然真っ黒なエンドロールに切り替わったみたいな切れ味。
どういう事?これから2人はどうするんだ?とも思うし、突然終わって突き放された感じ、余韻も何残してくれない、という戸惑いもありながら、作品として過不足なし!って思わされる。これが味わいたくて何回も読んでしまう。
そしてますます眠れなくなるのだが………
次回はダヨオ先生の『最終電車の恋人たち』を紹介します。
timeleszとわたし
手記
2025年日時不明
心から「こいつ、信用できるな」という人になりたいし、そういう人と今後出会えたらいい。
「推し」との距離感も周りの人間関係と同じく、「自分にとっての適当な距離」を見つけなきゃいけない、そこ、改めなきゃいけないなと思う。
最後に何か書こうとしたけどこれ以上特にない。
ちゃんと興味無くなれるんだな。
2025年3月29日
timeleszの追加メンバーが発表されたのは2月5日だったっけ。およそ1か月半が経った。
この間にtimeleszはいくつかのバラエティーと音楽の番組に出て、新人3人だけでバラエティー番組に出たりもした。album、ツアーの発表もされた。思っていたよりもはやい。ここらへんはとてもSTARTOエンターテインメントらしい。
こういった怒涛のスケジュール、世間からのまなざしに耐えられるメンバーを選んだとしか捉えようがないかもしれない。
篠塚くんなんかまじで、近年あまり見ないシンデレラストーリーの体現者だ。それが旧セクシーゾーンに起こっているのが不思議な感じ。ミーハーな自分は新しいメンバーの個人のインスタなんかも楽しく見たりするけど、やはり、ときどき「誰だこの人たちは」って思う。他の候補者のインスタも見るけど、それぞれいい感じに活動してくれてありがたいし、仲良しでいいなあと思う。加入した3人はこの仲間たちにはしばらく会えないのかもな。
風磨の出てる番組も楽しく見られるようになったんだけど、それは期待しなくなったからだと思う。もうファンとアイドルという関係ではなくなったから。
よにのちゃんねるを観たところ、風磨は炎上したことについて自分に非があると思っていなさそうだったけど。もういいわけよ。
風磨への気持ちを飲み仲間に話したら、「元カレじゃん」と言われた。自分でもそう思った。
そういう感じなので、今日勝利、そうちゃん、風磨のインスタのフォローは外した。原ちゃんと篠塚くんは気になる人なのでフォローしている。
多分もともとセクシーゾーンのファンじゃなかったら8人のタイムレスも結構楽しく見れたんだと思う。でもそこからセクゾをディグって出会うより、元から出会えててよかったんじゃないかな。今更わからないけど。
まさかこんなことになるとはな。でも大丈夫。何があっても大丈夫とセクシーゾーンにあの日教えてもらったことは事実だ。
昨日映画ヒプノシスマイクを観てきて、友達と「曲がいいコンテンツは強い」という話をした。「売れ」ていなくても、そういうチームが好きだし、そういうチームを応援したいと思う。「売れた」ことで、何を失って、それで何を得たのか、いつか問うてみたいと思う。
2025年6月12日。timeleszとして初のアルバムが昨日発売されたらしい。結構売れていて、やはりファンが増えていることを実感する。
配信はしないらしい。してくれたらいいのに。でもファンが増えてるから問題ないみたいで、専用アプリがアプリランキング1位になっているとか。わたしも入れたままにしていた「SZ10TH」アプリ。気づいたら名前が「timeleSZ app」になって、アイコンも変わっていた。いちおうセクゾの時のロゴにタムのロゴを掛け合わせたもので、加えてSとZを大文字にしているので、セクゾ時代も引継いでいるという意図というわけか。
たまに検索ワードにひっかかってtimeleszの出ている番組が録画されていたりする。暇なら観ていたかもしれないがもう今は観ていない。音楽番組は余計に観ない。
最後のほうまで残っていた人気候補生が続々デビュー発表されていく。とにかくいい音楽やパフォーマンスが観たい。斜に構えない、媚びない、妥協しない、研ぎ澄まされたものが観たい。

